演技の喜びを探求する、俳優・声優養成所「ヴォイス&アクターズ道場」

4:自己紹介の作戦 1


オーディションでは自己紹介が付き物です。
ほとんどの場合、同じ役の候補に挙がっている俳優は
同じ場面、同じ台詞を言わされます。
逆に言えば、課題を披露する前後の自己紹介部分のみが
その候補者の肉声・考え方をスタッフが察する機会になります。

自分自身の過去の数々の失敗、そして今、
沢山の方の自己紹介を自分が聞く側になっている経験から
勿体ないなぁと思う例を紹介したいと思います。

新人の声のキャスティング選考に審査する側で参加した時のこと。
控え室に集められた方々を5名一組のグループに分け、
一度廊下に並べた椅子で待機してもらい、前のグループが終わったら
控え室の隣室に入ってもらいそこで一名ずつ自己紹介後、
役の組み合わせを変えて何度か台詞合わせ。
という典型的なオーディションの流れでした。

5名ずつ入室してもらい、端から順に自己紹介。
最初のグループの面接が始まって、
一人目の方が「私は子どもの頃からアニメが好きで、声優に憧れていました。」
二人目の方が「私も子どもの頃からアニメが好きで、声優になりたかったです。」
僕自身が子どもの頃からアニメが大好きだったので、緊張しながらも一生懸命
自己紹介をがんばっている様子をこちらも一生懸命聞いていると・・・
三人目「同じなんですけど、
私も子どもの頃からアニメが好きで、声優を目指しています。」
四人目「私も子どもの頃からアニメが大好きで、
声優って素晴らしいって思っていました。」
ここでようやく僕自身「んん?」と感じて、
まさか最後の五人目の方だけは・・・と思ったら、やはり五人目の方も
「私は子どもの頃からアニメが好きで、声優に憧れていた」方でした・・・。

演技が終わって次のグループの入室。
次の一人目の方が「私は子どもの頃からアニメが大好きでした。」言い始めた瞬間、
その方には申し訳ないけれど、「嘘・・・」って思いました。

隣室である控え室の話し声がオーディション会場にも聞こえています。
廊下とは薄い壁で仕切られているだけの会場なので、
大きな声でハキハキ自己紹介するオーディション受験者の声は
廊下で待機している次のグループの方たちには聞こえているはず。
控え室にいる方たちだってちょっと耳をすませば
会場の声は聞こえていたのではと感じます。

その日のオーディションでは28名の方にいらしてもらったのですが、
結局そのうち21名以上の方の自己紹介が
「私は子どもの頃からアニメが好きで」という枕詞でした
(途中から意識して数を数えたので上記表現です)。

勿体ない・・・。
そりゃあ「子どもの頃からアニメが好き」だったから
声優に憧れて、今このオーディション会場にいるのでしょうから
それは嘘ではなく、純粋な心の声なのでしょうが、
勿体ない!ひたすら勿体ないと感じました。

僕は自分が、オーディションを見る側だけでなく、受ける側もやっているので
(自分で言うのも何ですが)こういう時相手の気持ちが分かるので誠意を持って見ます。
莫大な数のオーディションを僕自身落ちてきましたが、
ちゃんと見てもらえた、これで落ちるなら諦めがつく、そう思えたオーディションは
今でも良い思い出です。そりゃあ悔しいけれど、やるだけやった。そう思える体験は
ある種の清々しさがあって、その作品のオンエアを見ても完成に到るまでの
道程を思って嬉しく見られます。
逆にちゃんと見てもらえなかった、手を抜かれた、惰性の対応だったと感じた
オーディションははっきり言ってムカついて、時間を無駄にした思いが強く、
うらめしい気持ちが強かったです。
受ける側の気持ちが分かるし、
その観点からオーディションを見る側に呼ばれているわけなので
自分なりに本当に一生懸命審査に臨むのですが、それでも正直言って、
次から次へと人が変わってもまるで判で捺したように
「私は子どもの頃からアニメが好きで・・・」攻撃が続くと
その既視感にクラクラし、目まいがしそうでした。

でも、それぞれの方がそう自己紹介しているのは
それが事実で、だからこそ言わずにはいられないから言っているのでしょう。
その気持ちも分かります。
ではどうすれば良いのか、僕の考えを書いていきます(つづきます)。