演技の喜びを探求する、俳優・声優養成所「ヴォイス&アクターズ道場」

僕が道場を引き継ぐまで(1/2)

僕が助清さんから道場を引き継ぐまでのいきさつを記しました。
よろしければおつきあいください。

僕にとって、助清さんとは

僕は助清さんの、同じ大学の学部学科の出身、事務所の後輩にあたり、
初対面の頃から可愛がってもらいました。
23年前のことです。
僕は世の中で、助清さんにしか打ち明けられなかったことがいくつもあります。
普段は冗談ばかり言うのに、こちらが真面目な相談をしたい時は、
いち早く察して話しやすい空気を作ってくれる。
僕が自分の悩みを感情過多に話し過ぎたときはジョークでたしなめてくれ、
僕だけが話した気詰まりを和らげてくれる為に、
助清さんご自身の悩みや思いもたくさん話してくれた。
そういう人でした。

代講しながら、道場の留守を守る日々

助清さんが体調を崩して最初の入院をされたのは、
2012年1月のことでした。
その際、助清さんから僕に、主宰されている「ヴォイス&アクターズ道場」の
演技レッスンの代講を任されました。
丁度その直後、東京で親代わりになってくれていた僕の恩人が
病に倒れてしまい、病院通いと自分の本番をやりながら
1レッスン4時間を6クラス毎週代講。思わぬ忙しさでしたが
助清さんの手術が上手くいき回復も早く、
春に道場に復帰されたときは本当に嬉しかったです。
その後も元気で順調との連絡を頻繁にもらい、安心していました。

夏になり、病院の検査の都合で久しぶりに一日だけということで
代講を頼まれたそのレッスン中、
「日帰りの予定で来た病院だったが、このまま緊急入院することになった」
との連絡をもらいました。
いつもは明るくこちらを気遣ってくれる助清さんの、
あの時の動揺を隠せないうろたえた声が今でも忘れられません。
ただごとでないと感じ二つ返事で再びの代講をお引き受けしました。

告知された直後だったであろう、あの時こそうろたえた声でしたが、
その後の助清さんは連絡の度、
いつも通りの心遣いとユーモアを忘れない口調でした。
至極前向き、ポジティブという言葉を体現する明るさで、
こちらが逆に励まされるばかりでした。

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